「それじゃあまたねー、ウサちゃーんっ!」
「煩いっ!ちゃんと前見て歩け!」
「あはは、ウサちゃんってば過保護だなー」
「また来るからねー」
ぶんぶんと元気良く手を振ると、家に入る直前、一度だけ
小さく手を振ってからウサちゃんは家に入ってしまった。
さっさと姿を消してしまったウサちゃんが、見えない所で見送ってくれてるんじゃないかと思って、
名残惜しげに家を眺めていると、耳元に囁かれた。
「寂しい?」
「え、え!?」
その声があまりにも甘く聞こえて思わず、耳を押さえて後ずさる。
「っわ!」
「おっと、危ない」
足元の木の根っこに躓いて、よろけたところをチェシャ猫さんという名前の猫さんが肩を抱き寄せて助けてくれた。
「どうもありがとう」
「どういたしまして。うん、確かにウサちゃんが言うように目が離せないね」
「ウサちゃん、そんなこと言ったの?」
「うん。は足元が疎かでしょっちゅう躓いたり転んだりするから、絶対に目を離すなーって」
「……間違えてないけど、酷い…」
「さて、それじゃあ行こうか…お姫様」
慣れない呼ばれ方に戸惑うよりも先に、ぞくりとする声に、背筋が粟立つ。
差し出された手に手を重ねながら、素直にそのことを告げてみた。
「チェシャ猫さんって凄くいい声だね」
「んー?そうかなぁ」
「だってなんか、こー…背中がぞくぞくっとするもん」
寒さを示すように空いてる方の手で自分の体を抱きしめれば、チェシャ猫さんは目を細めて微笑んだ。
「ふふ…ありがとう、」
「えーと…この場合はお城へ案内して貰うあたしの方が、ありがとうなんじゃないかな?」
「でも君は僕を褒めてくれた。この声がいい声だって。だから、ありがとう…でいいんじゃないかな」
「…そう言われればそう、かな」
いい声って言うのは本当に魔力があるみたいだ。
自分が思ってないことでも、それでいいんじゃないかって気になってくる。
「君は本当に素直で可愛い子だね。食べちゃいたい」
「あははは、ありがとう。でも脂ばっかりで美味しくないから、やめた方がいいよ」
「そんなことないよ。柔らかくてすっごく美味しそう」
具体的に言われて、思わず並んで歩いていた足が止まる。
「…猫って、肉食だっけ?」
「うーん、そういう意味じゃないんだけど」
「あの、本当に美味しくないし…というか、あたしも食べたことないんだけど、人間。
でも絶対お腹壊すと思うから止めたほうがいいよ、絶対」
真顔でチェシャ猫さんと手を繋いだまま告げれば、肩を震わせた後、彼は思いっきり…笑い出した。
「あははははは」
「え、えっと」
「本当に、は…面白いね」
「そ、そうかなぁ」
「だって、そんなに…あたしは美味しくないんですーって、説明されるとは…お、思わなかったよ」
「食べられるって思ったら必死で食べられないよう主張するもんじゃない?」
それとも、不思議の国というくらいだから、ここでは自分の美味しさをアピールするのが普通なんだろうか。
「僕の周りにはいなかったタイプだ。気に入っちゃったな〜」
「…チェシャ猫さんはもしかして、雑食?」
「僕、意外とグルメだから、食べるモノは吟味する方なんだ」
「そっか」
だったら一安心…って、思うと同時に、頬に生暖かいものが触れた。
「ちょっとだけ味見、なーんてね」
「………」
「は今のままでも十分美味しそうだけど、もう少ししたら
もっと美味しくなるだろうから、それまで手は出さないから安心して」
「………」
「さーて。ちょっと立ち話が長かったかな。あんまり立ち止まっていると…未練が集まる…さ、早くお城に行こうか」
「……………うん」
頬に触れたものはなんだったのか。
それを考えている間、チェシャ猫さんの話していた内容は頭に届いていなかった。
けれど、とある単語に違和感を感じた…と頭が認識した瞬間、それを吹き飛ばすような声が耳元に落とされた。
「僕だけを見て、足を止めずに歩いて。後ろを振り向いちゃ、ダメだよ?」
「はっ、はいいっ!!」
「うん、いいお返事」
頬に触れたのは…きっと、気のせい
チェシャ猫さんの唇、なんてのも…きっと気のせい
あれは、キスじゃなくて、味見…そう味見
って、味見されてるってことは、あたしってもしかして食物連鎖の最下層にいたりするの?!
そんなことを考えていたあたしの肩を抱いて、さっきよりも早いペースで歩くチェシャ猫さんが、
一度だけ後ろを振り返って何か呟いたのを…考え事をしていたあたしが、気づくことはなかった。
Are you Alice? - blot. #06
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